日常臨床で、主訴ではないが歯列不正の患者さんが多く来院する。 学校歯科検診に歯列不正の項目が加わり、歯列に関する相談を受けることが多くなった。 口腔管理をしていた患者が、歯列不正を発症してしまったケースもある。 歯列不正の治療は顎と歯の大きさの不一致から生じるという理由から、 歯を抜いて一致させる外科的矯正治療がおもに行われている。 歯列不正と抜歯によるスペースが一致せず、矯正治療後に歯にものが詰まる、 噛めなくなったなどの咀嚼(そしゃく)障害や顎関節症を訴える患者もいる。 歯は生体機能を司る構成要因であり、抜歯による影響は生涯を通じて患者の生体 ネットワークに及ぼす弊害ははかり知れないものがある。 筆者は歯を保存する目的での矯正治療法があってもよいと考えている。 今回、非抜歯治療が可能な可撤式床矯正を主とした治療方法と経過を紹介したいと思う。

 食生活などの変化から生じた顎の矮小化や、
生活習慣から生じた悪習癖等を起因とする歯列不正の子供たちが増えている。
歯の並ぶスペースが狭い顎と、歯のアンバランスを、筆者は抜歯ではなく
Mechanicalな治療法として可撤式矯正装置を用いることで問題を解決している。
このような床矯正は古くから行われており、1935年にはNord、Schwarzが
床矯正の基礎を確立した。
可撤式床矯正には以下の4つの治療目的がある。
 ①顎の拡大~上下顎を側方、前方に拡大する。
 ②歯の移動~歯を前方、後方に移動する。
これらを組み合わせて治療を行う。(症例1・2症例3

 床矯正の歯の移動は2次元的な移動が主であるが、ケースによっては歯を顎の拡大後に
3次元的に移動したり、多数歯の移動には形状記憶合金を利用した方法で治療が早期に
終了する場合もある。(症例4
 ③下顎位の修正~下顎位の後退したケースでは、構成咬合で新しい咬合位を構築する。
 ④悪習癖の是正~タンガード等により、舌習癖等の悪習癖を除去する。
3・4に関してこの稿での治療法は省略する。

床矯正装置は患者にやさしい治療法

 可撤式装置の構造は、レジン床に組み込まれている
ネジを回転することで床を移動して顎を拡大したり、歯を移動する。
ケースによっては床装置にスプリングを付与したり、歯にフックを装着して
床装置との間にゴム、パワーチェーンを付与することで歯を移動するなどエスプリを
模索した治療が可能である。(図1617

 治療対象は、幼児(図1)から高齢者、障害のある患者も治療が可能である。
1日中装着することが基本だが、装置は可撤式なので口腔内の清掃、楽器演奏、歌や英語などの発音
障害が気になる場合は必要に応じて装置を外しても治療上問題はない。
成人で業務に支障のある場合は勤務中は装置を外すなど、装着条件に柔軟性をもたせている。
ただし長時間装置をはずしていると、後戻りが生じる。
後戻りにより、装置が痛いと感じたとおきはネジを巻き戻して装置し、30分後にその量を巻き戻す。
新たに回転する場合は2~3時間後に処置する。

 可撤式床矯正による歯の移動は傾斜移動である。移動する歯を歯軸に修正するには咬合力を
必要とする複合移動であるので、食事の際は必ず装置を外す必要がある。

図1

4歳以上ならば幼児でも治療は可能である

顎の拡大、歯の移動の条件

 シュワルツのタイプは90゜で回転0.2mmの平行移動をする。
移動初期には子供の場合は1週間で45゜を2回、成人の場合は30゜で3かいの回転を指示する。
回転時に痛みを感じない場合は1日おき、あるいは毎日と、個人により可動条件を増加させる。
回転数が速ければ速いほど治療時間は短縮する。
痛みを感じる場合は無理をせず、患者にあわせるべきと考えている。
ファンタイプは90゜の回転で扇状に0.8mm移動する。

歯列が治れば治療は終了?

図2

左側の模型は小臼歯抜歯の矯正治療で後戻りをした症例である。右側の模型は側方拡大により正しい歯列に戻した

 はじめに、なぜ歯が正常に並べなかったかを考察するべきである。
図2は小臼歯抜歯を伴う矯正治療をしたが、その後、後戻りをした症例である。
なぜ、せっかく抜歯までしたのに後戻りをしたのか。
Biologicalから考察すると、形態は機能により変化する。
歯科医師が不正咬合と診断しても、不正な機能からすれば不正咬合の形態がバランスのとれた咬合である。
歯列の形態を矯正治療しても、不正な機能を治さなければ、形態は不正な機能に適合した歯列不正の形態に後戻りする。
Mechani-calな矯正治療後は、Biotherapy(生物学的療法)を処方することで咀嚼機能は正常な機能を自己回復する。
正常な咀嚼機能を獲得することで、形態は固有の形態に保存、維持しようとするSelf-Preservation(自己保全)により正常な歯列形態に改造され、維持される。

 従来の歯科治療は形態を重視してきたが、現在の歯周疾患、硬組織疾患の治療は、病態の処置、形態の修復ばかりではなく疾患の原因、誘因となる口腔環境の改善も重視している。
歯列不正の問題もMachanialな形態の治療とBiologicalな機能治療の両面からの考察が重要である。
筆者は咀嚼機能の基本は咀嚼による歯根膜線維の変化を感覚情報源とした歯根膜の感覚機能による咬筋・歯根膜反射が主と考えている。
歯根膜は咬合が加重負担の場合は幅が広く、埋状歯など機能をしていないと幅は狭くなるなど咀嚼機能と密接な関係がある。
それゆえ、咀嚼機能を高めるには咀嚼に関与していない歯根膜の感覚受容器の賦括と歯根膜の微小血液循環の活性が必要であると考察している。
低位歯であっても、チューブによる咀嚼の外力を歯根膜に付与する訓練をすれば歯は正しい咬合関係に改善することはしばしば臨床で遭遇する(図345)。

 矯正治療でのセファロ分析は形態分析であり、矯正治療の羅針盤にたとえられているがBiologicalな機能異常を検査する機能の羅針盤が必要である。
筆者は、咬合力、咬合バランス、咬合面積など咬合機能の状態は、GC社製のデンタルプレスケールを用いて機能分析を行っている。

 矯正治療を必要とする多くの患者を咬合測定すると、100N(約10Kgf)以下の咬合力が大半をしめている。
乳臼歯、小臼歯での咀嚼力が減少、あるいは咬合をしていないケースがほとんどである。

図3

小臼歯が交換しているが第1大臼歯は低位歯である(ミラー像)

図4

第1大臼歯の部位にチューブをあてての咀嚼訓練を指示した

図5

7ヵ月後に正常に咬合した

 Biotherapyとして筆者は咀嚼機能を向上する食材の選択、食事の環境の改善を指示している。
それに加えて、歯根膜の感覚機能をチューブ、咀嚼訓練用ガムを使用した咀嚼訓練を積極的に実行することで、感覚機能の活性を賦活させるのが治療目的である。(図22)。
その結果、咀嚼機能が向上し、咬合力の増加、前後、左右の咬合バランスが自己回復する。
口腔の機能が亢進すればSelf-Preservationにより臼歯の咬合、前歯の被蓋等の歯列の形態は経時的に改造され安定する(図1421232425のそれぞれの経時的変化を参照)。
前歯、小臼歯部位の歯根膜に咬合のセンサーがなく、奥咬による前後の咬合バランスがくずれているケースもある。
左右の咬合バランスのズレにより首、肩の傾斜を起こしているケースも多々みられるが、これらの多くの症例も咀嚼訓練により臨床的に解消している。

 舌、唇など口腔の悪いポスチャー(姿勢位)、口呼吸、開口も大変悪影響があり、リップシールの指導がもっとも大切である。

 咀嚼回数と食事時間の減少による顎骨の萎縮をマスコミが社会問題として警鐘している。
「骨の形は外力を支えるのにもっとも適した形に作られる」とするウォルフの法則に従えば咀嚼による適切な外力がなければ顎骨は適切な発育ができない。
正常な咀嚼刺激を歯根をとおして上下顎骨に与えることにより、顔貌を構成する顎骨を育成することも咀嚼訓練の目的である。

症例1(図6~12)

昭和62年3月21日生・男児・治療開始10歳
 口腔検診でカリエスを指摘され、その治療のために来院した。第1大臼歯が前方移動をしている(図6)。
 乳犬歯、乳臼歯の喪失や歯冠崩壊により第1大臼歯の前方移動をおこすケースにたびたび遭遇する。このまま様子をみれば第2小臼歯はスペース不足で口蓋側に萌出するのは明らかである。カリエス、残根の処置だけではなく、現状ではさほど問題がなくても積極的に将来を予測する医療行為が重要である。
治療方針:第1大臼歯の近心移動が原因であるので、可轍式床装置で当該歯を後方移動をする(図78)。小臼歯の位置を修正すれば治療は終了する(図9101112)。

図6

初診。第2小臼歯の萌出スペースがない

図7

平成9年3月14日。第1大臼歯の後方移動を開始

図8

平成9年7月31日。後方移動が完了

図9

第1小臼歯が遠心位にあるので同一の装置にスプリングを付与して近心に移動した

図10

平成9年11月10日。第2小臼歯が口蓋側に萌出した

図11

同一のスプリングを第2小臼歯の口蓋側に曲げなおした

図12

平成10年1月8日。第1、第二小臼歯は正常の位置に修正された

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症例2(図13~26)

昭和61年5月12日生・女児・治療開始10歳
 かかりつけの歯科医院で子供の歯並びを相談したところ、様子を見ましょうと言われ、不安になり来院した(図13)。
 左右の側切歯はスペース不足により、交叉咬合になってい。犬歯が萌出を始めている。歯列の問題は犬歯の位置がキーポイントである。犬歯が前方移動をしていれば治療は複雑になる。様子を見ていては、症例4のように犬歯、臼歯の後方移動が必要となる。抜歯を待つために「経過観察」という「診療忌避」をしているのが臨床医の現状である。
治療方針:前歯部のスペース確保の為に上顎を側方拡大する。左側犬歯の隅角が側切歯の前にあり、側切歯を前方移動できないので犬歯を後方移動してから側切歯を前方移動した。歯の動的治療後はMechanicalな治療はせずに口腔機能をたかめるBiotherapyとして、チューブを4秒間噛みしめてパッとはなす咀嚼訓練を1回5分1日に2回指示した(図22)。
約3年間の経過であるが、自己回復により咀嚼機能が図142426の示すように咬合力、咬合面積が経時的に増加した。正常な機能を得た結果、Self-Preservationにより図2325に見られるように前歯の歯軸が改善し、被蓋関係も深くなり、臼歯の咬合関係は安定した形態に自己改造している。プレスケールによるBiologicalな検査結果の確認が大切である。

図14

形態異常の原因は機能異常であり、Biologicalな咬合機能検査が必要である。 初診時、咬合力が75N(約7Kgf)咬合面積が9.88mm2である。 左右の咬合バランスは右47.5%左52.5%、その差は左側に5%で良好である。 前後の咬合バランスは第二小臼歯と第一大臼歯間にあり、良好である。 乳臼歯部でのアイランド(接触点)がない

図13

初診。平成8年9月26日。上顎の左右側切歯はスペース不足で、交叉咬合である

図15

左右側切歯のスペースを確保するために上顎の前方拡大を開始

図16

平成8年11月21日。犬歯にフックを接着させてゴムを装着して、犬歯を後方移動させた

図17

平成9年1月9日。犬歯が後方移動し、左側側切歯のスペースが確保された

図24

訓練の結果、咬合力が283N (約28Kgf) 咬合面積が49.6mm2に増加した。 左右の咬合バランスは治療後も0.6%と安定した値を維持し、前後の咬合バランスは第一回の測定と同様に良好である。 小臼歯部のアイランドも増加している

図18

上顎の側方拡大が終了

図19

平成9年1月16日。左右の側切歯の前方移動を開始

図20

平成9年3月25日。左右の側切歯が歯列弓に並び前方移動が終了

図21

6ヶ月間の動的治療は終了した。ここまでがmechanicalな形態の治療である

図22

Biotherapyとしてチューブによる咀嚼訓練を指示した。チューブは小臼歯に当てている

図23

1年4ヶ月後、Biotherapyにより咀嚼訓練のみでここまで咬合関係が回復した

図25

平成12年2月1日。1年6ヶ月後、自己回復、自己改造により咬合関係はさらに安定している

図26

咬合機能は咬合力が367N (約28Kgf) 咬合面積が57.9mm2とさらに自己回復した。 左右、前後の咬合バランスも前回の測定と同様に良好である

症例3(図27~35)

平成2年12月20日生・女児・治療開始8歳
 母親が子供の上下前歯の側切歯の生えるスペースがないのではと気になり来院した(図27)。

 上下顎とも側切歯の萌出するスペースがないのは明白である。 このままでは将来顎のスペース不足から、歯列は上下顎ともに叢生になり将来、歯周疾患、硬組織疾患の罹患リスクを高めるばかりである。 患者の問題を先送りすることなく今すべき治療は何かと処置かべきである。

治療方針:上下顎の側方拡大をし、スプリングで歯軸を整える。 顎の萎縮は咀嚼の機能障害であるから、症例2と同様に咀嚼訓練を指示した。 その結果として、自己改造により前歯の被蓋、臼歯の咬合関係は良好に経過した。 咬合診断は紙面の関係上省略する。

 このケースは下顎を先に拡大し、その後上顎を拡大したが、上下同時の拡大治療をするかは患者に任せている。

図27

平成10年4月3日。初診。上下顎が矮小で側切歯の萌出するスペースがない

図28

平成10年4月15日。初めに下顎を側方に拡大を開始した

図29

平成10年9月27日。下顎を側方拡大が終了したが、スペース不足のため再度、側方拡大をした

図30

平成10年10月28日。2回の側方の拡大が終了した

図31

平成10年11月24日。上顎だけを拡大したので、左右臼歯部が交叉咬合になっている

図32

歯列の修正のために舌側にスプリングを付与して、下顎前歯の歯軸を修正した

図33

平成11年10月26日。舌側のスプリングを調整することで下顎前歯の修正が終了した

図34

平成10年12月8日。上顎の側方拡大を開始

図35

平成11年10月26日。上顎の拡大を終了した。歯の動的治療は終了した

症例4(図36~51)

昭和52年6月生・女性・治療開始19歳
 歯列に関して、矯正医に相談したところ、4本の抜歯による矯正を奨められたが、抜歯をしたくないので来院した(図36)。

 いろいろな治療方法の選択はあるが、抜歯をせず治療できると説明した時の患者の笑顔は歯科医師としてこのうえない喜びである。

治療法方針:上顎は側方拡大後、スプリングで歯軸を修正する。 下顎は側方拡大後、臼歯を後方移動し、前歯部のスペースを確保した後にストレートワイヤーでアイデアルアーチに処置する。 床矯正装置で歯列を拡大した後で装置を外せば歯列は元にもどろうとする。 このもどる力と形状記憶合金の力を複合して歯を移動するので、患者は歯の移動時の痛みを訴える事が少ない。

 臨床上、比較的よく遭遇するケースをいくつか紹介したように可撤式床矯正装置で上下顎は拡大し、歯も移動できる。 矯正治療には抜歯が必要というプロパガンダに臨床医も患者もおびえている。 歯の保存を目的とした可撤式床矯正は臨床医にむいた治療方法であり、患者がもとめる矯正治療と考えている。

図36・37

平成11年10月24日。早期に治療を開始したので、上下顎とも正常な歯列になったが、被蓋関係が不安定である。Biotherapyとしてのチューブの咀嚼訓練を指示した

図38

平成12年2月7日。 咀嚼訓練の結果、前歯の被蓋が深くなり、臼歯部の咬合関係もさらに良好になった(咬合力229N、咬合接触面積41.8mm2

図39

平成8年7月9日。初診。始めに上顎を平行に拡大を開始(咬合力110N、咬合接触面積18.4mm2

図40・41

平成9年1月10日。拡大が終了した

図42

平成10年6月22日。唇側線と口蓋側からのスプリングで歯軸を修正が終了した

図43

平成9年5月12日。上顎の拡大が終了したので下顎の側方拡大を開始

図44

平成9年10月12日。下顎の側方拡大が終了したが、犬歯が前方に位置している

図45

パノラマX線の画像では左右の智歯が確認できるが、智歯の歯根が未完了なので、左右の第1大臼歯を後方に移動した

図46

平成10年10月14日。第1一大臼歯の後方移動を開始した。片側ずつ移動した

図47

平成11年2月24日。第一大臼歯の後方移動が終了した

図48

スペースが確保できたので、ストレートワイヤーを装着した

図49

平成11年6月22日。ストレートワイヤーによる動的処置は終了した

図50・51

平成12年2月15日。8ヶ月後の状態である。被蓋関係は不安定であり、Biotherapyととしての咀嚼訓練の継続が必要である(咬合力129N、咬合接触面積22mm2

おわりに・・・

叔父は「親からもらった体だから、切るのは嫌だ。死んで本望」と答えた。
結果的には足も切らず、死なずにすんだ。
抗生剤のない時代の医師の判断だ。
これからは21世紀の時代である。
歯の大切さを理解させ、口腔管理をしていた患者に歯列不正ために『抜歯』を
選択するのは痛恨の思いがある。
現在の治療が歯をとおして、患者の生涯にわたる生体ネットワークの維持管理をするのが
ホームドクターとしての勤めであり、誇りでもある。

【参考文献】

  1. 萩原和彦監修:可撤式床矯正入門、クインテッセンス出版、1984.
  2. 鈴木設矢:フェーシャルオーソペディクとしての床矯正と筋機能訓練、国際歯学士会日本支部雑誌、29(1):69~83、1998.
  3. 鈴木設矢:安定した機能と咬合をもとめて、GC Circle、86:30~35、1998.
  4. 萩原和彦、粥川 浩、嶋田朝晴、星岡才賢、鈴木設矢:21世紀の小児期の咬合にどう対応するか―抜歯か非抜歯か?―、第一歯科出版、1(3):5~98、1997.
  5. 西原克成:朝の科学、日本教文社、1996.

装置製作 DT  松尾貴子
写真撮影 DH 長島理佳子
DH 磯貝さおり